『失われた時を求めて(12) 消え去ったアルベルチーヌ』プルースト(著) 2019
10/2
火曜日

原書は、Remembrance of Things Past, Marcel Proust


(1)本書を読んでみたいと思ったのは、デンゼル・ワシントン主演のイコライザー2で読まれていたから。ガーディアン1000必読でもある。しかし、超大、空前絶後の14巻(400字原稿用紙で一万枚近く)、難解、登場人物多、読み終えた人は読書人口全体の一握り、本書を読み解くための解説書まで出版されている有様。読み終えた人は武勇伝として語ることが許されるともいう。原書では第一篇から第七篇とあり、訳本は14巻に分割されている。さて、ここに最終巻(第十四巻)まで読み遂げることを宣誓したい。味覚や嗅覚、五感に誘発され「無意識的記憶現象」の世界に誘って貰い、ズブズブと心身を浸しきることができるか、または飽き飽きしてさっさと脱落するか、だ。
プルーストにかかると、アスパラガスの表現もこのようになる。(p269参照) 下敷きとなった書籍があるようだが、ここは絶品でしょう。


(2)まだまだ長丁場。芸術・美術・演劇の登場も多く、プルーストの博学さが解る。しかし、僕はスワン、オデットもキャラクター的には波長が合いません。時代も時代だけれども、プルーストは、出来事や心情の表現をひっぱるひっぱるから、さすがなのか、クドイのか、どうしたものか?


(3)三巻にきてはや難所、大きな壁が僕の前に立ちはだかってきた。真率申し上げるとおもしろくないのである。パンシロンGをご飯にふりかけて食べているようなものである。それもお茶なしで。プルースト研究家で訳者、吉川和義氏が文末で述べているが『プルーストの小説において枢要となるのが「筋立て」ではなく、「精神」のドラマであることを雄弁に示している』氏の訳には注釈文や図が豊富に挿入されており、読者へ更なる興味の誘導と理解を深めるための役割を果たしてはいる。本巻は文化(服装、美術、建築、ブルジョア階級の風習)を学ぶ観点で読み終えた。主な話のひとつとして、私(主人公)のジルベルトへの想いは女々しく自身の自尊心に呪縛され、ほんとうの恋でも愛でもない。仕事のないブルジョア青年の暇つぶしでしかないじゃないか。いい加減にしなさい。
(4)本巻は「失われた時を求めて」の中では読みやすく人気の高い巻と訳者は述べている。主人公(私)の恋を、実際に出会いと出来事はあるのだが、(私)の微に入り細を穿った分析や評論ばかりでは純粋な盛り上がり、ハートに火が点くにはほど遠い。ブルジョアの青年(私)は、自分では髭を当たることさえ自分ではしない、できないといった有様。7巻まで購入しているので根気・根気か。
(5)「精神のドラマ」であることを自己に強く暗示する。物事や感情に一喜一憂しながら共感や反撥をすることを止め、自然体で心の赴くまま脳に流し込めばいい。余裕で当時にワープした気になればいい。なるほどなるほどでいい。プルーストは尋常でないところもあるが、思考を突き詰め、煮詰め、妥協しない卓越した洞察力も認めてみよう。するとどうでしょう。肩の力がすっと退く。何となく自分側に手綱を締めてきたように錯覚している。
(6)静寂に粛々と読み進めている。本巻は前半2/3がサロンでの模様、後半1/3は祖母の病気と死が語られる。サロンの女性貴婦人の縄張り争い、力関係を誇示する支離滅裂な有様や、それに取り入ろうとする人達の孤軍奮闘の哀れさが痛々しい。後半の祖母の衰弱に伴う各種治療が興味深い。牛乳療法とかね。プルーストも医学の最新の話題について触れることがあるが、19世紀後半、レントゲンの発見、僅か100年前であるが、されど一世紀の医学の進歩はめざましいものだ。たとえば当時の瀉血治療はヒルを頭や体に這わせて血を吸い出していた。このヒルは鮮魚店で売っていたのか、自分で捕獲しにいくのか、医者が持っているのか、どうなんだろう。次巻に続け。
(7)14巻中7巻読了。丁度半分か。只今、泥酔中。感想といわれてもゲルマント公爵夫人のキレのいい晩餐会での発言、これは僕としては賞賛に近しい。しかし、主人公の私は後から振り返りネチネチと粗探しをする。それが社交場の流儀かも知れないが、潔くない。どうにかしてないか、その私。プルーストはどのような命を主人公に吹きこもうとしているのか、何を代弁させたいのか、中盤に差し掛かり、はてなはてなになっている。
(8)主人公の語り手である「私」は、気むずかしく、疑り深く、従僕、小間使いを人間として見なすことはなく、正直、褒めてあげるところが限りなく少ない。これらは作家プルーストの人格が少なからず伝搬しているのであろう。彼はホモだったらしく、女性に対する扱い、思考が幼稚だが、ホモ(ソドム)についての描写は核心をついているのではないが、自分はホモだと疑われないよう倒錯者(本文での表現)には批判的な考察をしている。うーむ!
(9)各登場人物には奇妙奇天烈でスノップ(見栄っ張り、気取り屋)な輩も多いが、「そういうものだ、個性だ、生まれだ、育ちだ、血筋だ」で自分に対し納得させることができる。だが待てよ、主人公の「私」は女々しくて、気分・気持ちの身替わりの速さであるとか、何から何まで同調できるところがない。探してみても全くない。(8)でも書いたが、プルーストのキャラが乗り移っているとしたら、『プルースト、貴様は何者だ!』とぼやいてもいいじゃない。

(10)時は1899年~1900年、主人公「私」は働く必要がなくとも、目が覚めるまで眠っていても、女性を所有物として喜んでいても誰にも咎められることなく、これは「私」のキャラだと割り切ると比較的に好感の持てる巻であった。パリの路地で多種な物売りの風物が生き生きと描かれ(晩年プルーストが加筆したもの)、挿絵もイメージを膨らませる一役を買っている。終盤のベルゴットの病気・死に対するプルーストの捉え方が斬新であるし、美男子モレルの天の邪鬼な思考・行動に関する観察眼というか瞠目したい。全体として後半は起伏のある筋立てがメリハリを醸し出していると評価したい。

(11)読まない日が数日あって間が開いてしまった。さて、無茶苦茶&攪乱状態のシャルリュウス男爵のヴェルデュラン夫人を初めとする貴族階級を撫で斬りにする滑舌が潔くて僕は好きだ。さて、11巻まで読み進み、主人公の「私」にどっぷりと正面から組んではいけません。プルーストの世界は、斜に構え理論的に矛盾しようが人として如何なものかと思っても立腹してはなりません。常人には想いも付かない世界観を繰り広げてくれるプルーストは文学的天才人で、文章の描写、比喩、構成や紡ぎ方ひとつとっても真似られる人はそういないでしょう。くれぐれも本書に秩序を求めてはなりません。精神世界の話ですから。

(12)読み終えて心に残る、感銘する記憶がない。主人公(私)に対する嫌悪感が知らず知らずのうちに、脳が共感し、熟考し、記憶に留めようとする本来、人間が有する特質で幾世代にわたり学習してきたパワーを削ごうとしているのではないか。脳が汚染されるのを未然に防御しようとする本能ではないのか。とはいえ、あと二巻ゴールは見えている。その時点で私が学習したことは何なのか、振り返ってみたい。

英ガーディアン紙が選ぶ「死ぬまでに読むべき」必読小説1,000冊   家族・私小説:119/1,000作品中

失われた時を求めて(1)――スワン家のほうへI (岩波文庫) 登録情報
文庫: 528ページ
出版社: 岩波書店 (2010/11/17)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751094
ISBN-13: 978-4003751091
発売日: 2010/11/17
失われた時を求めて(2)――スワン家のほうへII (岩波文庫) 登録情報
文庫: 555ページ
出版社: 岩波書店 (2011/5/18)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751116
ISBN-13: 978-4003751114
発売日: 2011/5/18
失われた時を求めて(3)――花咲く乙女たちのかげにI (岩波文庫) 登録情報
文庫: 498ページ
出版社: 岩波書店 (2011/11/17)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751124
ISBN-13: 978-4003751121
発売日: 2011/11/17
失われた時を求めて(4)――花咲く乙女たちのかげにII (岩波文庫) 登録情報
文庫: 704ページ
出版社: 岩波書店 (2012/6/16)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751132
ISBN-13: 978-4003751138
発売日: 2012/6/16
失われた時を求めて(5)――ゲルマントのほうI (岩波文庫) 登録情報
文庫: 448ページ
出版社: 岩波書店 (2013/5/17)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751140
ISBN-13: 978-4003751145
発売日: 2013/5/17
失われた時を求めて(6)――ゲルマントのほうII (岩波文庫) 登録情報
文庫: 448ページ
出版社: 岩波書店 (2013/11/16)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751159
ISBN-13: 978-4003751152
発売日: 2013/11/16
失われた時を求めて(7)――ゲルマントのほうIII (岩波文庫) 登録情報
文庫: 608ページ
出版社: 岩波書店 (2014/6/18)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751167
ISBN-13: 978-4003751169
発売日: 2014/6/18
失われた時を求めて(8)――ソドムとゴモラI (岩波文庫) 登録情報
文庫: 624ページ
出版社: 岩波書店 (2015/5/16)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751175
ISBN-13: 978-4003751176
発売日: 2015/5/16
失われた時を求めて(9) ソドムとゴモラ II (岩波文庫) 登録情報
文庫: 704ページ
出版社: 岩波書店 (2015/11/18)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751183
ISBN-13: 978-4003751183
発売日: 2015/11/18
失われた時を求めて(10) 囚われの女I (岩波文庫) 登録情報
文庫: 512ページ
出版社: 岩波書店 (2016/9/17)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751191
ISBN-13: 978-4003751190
発売日: 2016/9/17
失われた時を求めて(11)――囚われの女II (岩波文庫) 登録情報
文庫: 576ページ
出版社: 岩波書店 (2017/5/17)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751205
ISBN-13: 978-4003751206
発売日: 2017/5/17
失われた時を求めて(12)――消え去ったアルベルチーヌ (岩波文庫) 登録情報
文庫: 704ページ
出版社: 岩波書店 (2018/5/17)
言語: 日本語
ISBN-10: 4003751213
ISBN-13: 978-4003751213
発売日: 2018/5/17

内容紹介
(1)ひとかけらのマドレーヌを口にしたとたん襲われる戦慄。「この歓びは、どこからやって来たのだろう?」 日本の水中花のように芯ひらく想い出――サンザシの香り、鐘の音、コンブレーでの幼い日々。プルースト研究で仏アカデミー学術大賞受賞の第一人者が精確清新な訳文でいざなう、重層する世界の深み。当時の図版を多数収録。

(2)株式仲買人の出身ながら社交界の寵児スワンは、ある日友人に最下層の粋筋(ココット)オデット・ド・クレシーを紹介される。追う女、追われる男の立場はいつしか逆転し、初老の男は年下の恋人への猜疑と嫌悪に悶える(スワンの恋)。二人の結婚からジルベルトが誕生し、幼い「私」はシャンゼリゼで出会ったこの美少女に夢中になる(土地の名―名)。好評の吉川プルースト第2巻。(全14冊)

(3)少年の目に映るパリの社交風俗を描く、第二編第一部「スワン夫人をめぐって」。オデットとの結婚によって上流階級との交際を断ったスワン。夫妻の娘ジルベルトへの想いを募らせ、スワン家のサロンの信奉者となる私。ある日、夫人のお供をした昼食会で憧れの作家ベルゴットと同席する栄に浴するも、初恋は翳りを帯び……。

(4)それから二年後、私はノルマンディーの保養地バルベックに滞在した。上流社交界のゲルマント一族との交際、「花咲く乙女たち」の一人アルベルチーヌの抗いがたい魅惑、ユダヤ人家庭での夕食、画家エルスチールのアトリエで触れる芸術創造の営み。海辺のリゾート地、ひと夏の燦めきを描く、第二部第二篇「土地の名―土地」。

(5)パリのゲルマント館の一翼に引っ越した一家。家主の公爵夫人は神秘に包まれた貴婦人。その威光にオペラ座で触れた「私」は、コンブレー以来の夢想をふくらませ、夫人の甥のサン=ルーを兵営に訪ねて軍人の世界を垣間見たり、友人と愛人の諍いに巻き込まれながら、しだいに「ゲルマントのほう」へ引き寄せられる。

(6)祖母の旧友ヴィルパルジ夫人のサロンで、「私」は憧れのゲルマント公爵夫人とついに同席。芸術、ゴシップ、ドレフュス事件など、社交界の会話の優雅な空疎さを知る。家では祖母の体調が悪化。哀しみを押し隠す母、有能で非人間的な医師、献身的で残酷な女中の狭間で、死が祖母を「うら若い乙女のすがたで」横たえるまでを「私」はつぶさに目撃する。

(7)冬に向かうパリ、「私」をめぐる景色は移ろう。――人妻との逢い引きの期待は破れるも、かつて夢見た「花咲く乙女」とはベッドで寄り添い、憧れのゲルマント公爵夫人からは晩餐の招待が舞いこむ。上流社交界で目にした気品と才気の実態、シャルリュス男爵の謎、予告されるスワンの死……。人間と社会の機微を鋭く描く第7巻。

(8)聖書に登場する悪徳と罪業の都市ソドムとゴモラ。本篇に入り、いよいよ同性愛のテーマが本格的に展開される。無意志的記憶により不意によみがえる祖母への想い。祖母を失ってしまった悲しみの感情に私は改めて強くとらえられる(「心情の間歇」)。私は再会したアルベルチーヌに同性愛の疑いをいだき、不安を覚える。

(9)シャルリュスと青年ヴァイオリン奏者のソドム的関係。その一方で描かれるゴモラのテーマ。アルベルチーヌの同性愛を疑う「私」の嫉妬と動揺。彼女からヴァントゥイユ嬢とその女友達と深くつながっていることを告げられた「私」は激しい苦悩をおぼえるが、にわかに彼女と結婚しなければならないとの思いに駆られる。

(10)海辺を自由に羽ばたく鳥――アルベルチーヌ――を、パリに連れ帰り、恋人たちの密やかな暮らしが始まる。籠の鳥となっても謎めいたままの女は、倦怠と嫉妬と疑惑で「私」を苛む。そんな狂おしい日々を彩る、朝の夢想、パリの物売りの声、芸術についての考察、大作家ベルゴットの死など。周囲の人々の流転とともに物語は進む。

(11)ヴェルデュラン邸での比類なきコンサートを背景にした人間模様。スワンの死をめぐる感慨、知られざる傑作が開示する芸術の意味、大貴族の傲慢とブルジョワ夫妻の報復。「私」は恋人への疑念と断ち切れぬ恋慕に苦しむが、ある日そのアルベルチーヌは失踪する。

(12)アルベルチーヌの突然の出奔、続く事故死の報。なぜ出ていったのか、女たちを愛したからか?疑惑と後悔に悶える「私」は「真実」を暴こうと狂奔する。苦痛が無関心に変わるころ、初恋のジルベルトに再会し、その境遇の変転と念願のヴェネツィア旅行に深い感慨を覚える。







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