『悪童日記』アゴタ・クリストフ(著) 2019
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金曜日

原書は、Agota Kristof:Le Grand Cahier,Paris,Ed. du Seuil(1986)。

第二次世界大戦、ハンガリー国は連合軍側であったが、占領するドイツ軍と押し返すソ連軍の狭間で蹂躙されたブタペストではない地方都市という想定らしい(どこにも場所を特定する記述はないが)。祖母の元に疎開した双子の少年の目線で描かれている。利発な少年と思われていたが、経験を重ね物事に動じない子供戦士の様相を呈していき、それが物語全体のリアリティを加速・増長させる結果となっている。子供目線に映る性描写やゲイのユーモアな部分もある。「寓話」に近いとするなら据わりがよい。さらっと表現される出来事が終盤に近づくにつれてヘヴィーで戦争の悲惨さを感情としてひとつも語らぬ本書が、裏側に映る地獄絵として、平穏を装う少年達の行動が逆に惨さを煽っているのではないだろうか。第二部、第三部もあるとのこと。

単行本: 244ページ
出版社: 早川書房 (1991/01)
言語: 日本語
ISBN-10: 4152077042
ISBN-13: 978-4152077042
発売日: 1991/01

商品説明
ハンガリー生まれのアゴタ・クリストフは幼少期を第二次大戦の戦禍の中で過ごし、1956年には社会主義国家となった母国を捨てて西側に亡命している。生い立ちがヨーロッパ現代史そのものを体現している女性である。彼女の処女小説である本作品も、ひとまずは東欧の現代史に照らして読めるが、全体のテイストは歴史小説というよりはむしろエンターテインメント性の強い「寓話」に近い。
そもそもこの小説には人名や地名はおろか、固有名詞はいっさい登場しない。語り手は双子の兄弟「ぼくら」である。戦禍を逃れ、祖母に預けられた「ぼくら」は、孤立無援の状況の中で、生き抜くための術を一から習得し、独学で教育を身につけ、そして目に映った事実のみを「日記」に記していく。彼等の壮絶なサバイバル日記がこの小説なのである。肉親の死に直面しても動じることなく、時には殺人をも犯すこの兄弟はまさに怪物であるが、少年から「少年らしさ」の一切を削ぎ落とすことで、作者は極めて純度の高い人間性のエッセンスを抽出することに成功している。彼らの目を通して、余計な情報を極力排し、朴訥(ぼくとつ)な言葉で書かれた描写は、戦争のもたらす狂気の本質を強く露呈する。
凝りに凝ったスタイル、それでいて読みやすく、先の見えない展開、さらに奥底にはヨーロッパの歴史の重みをうかがわせる、と実に多彩な悦びを与えてくれる作品である。続編の『証拠』『第三の嘘』も本作に劣らない傑作である。(三木秀則)







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