戦争文学、小説として秀悦かと思う。太陽の眩しさが、泥の感触が、屍体の臭いが、屍にたかる蠅、蠢く蛆、吸い付く蛭が耳鼻口に強烈に伝わってくる。感触が、拭い去れない強烈な塊となって直球の如くズドンズドンと伝播してくる。手榴弾を抱いて死ぬことは簡単と済ませることはできないが、「生きよう」とする力も半端なく難しく見境を無くす。極限に飢えた人間がどのような行動をするか、人の命より、我が命。手に入るモノなら蛭であれ、人肉であれ、草であれ躊躇なく無意識に口に頬張るというのは戦争の常である。このように書くとグロテスクな印象を受けられるかも知れない。そうではなく心の葛藤が知らぬ間に無に昇華していき、陽炎のようだ。「俘虜記」に続く二作目であるが、大岡氏、抉り方が死ぬほど上手い。(1952年(昭和27年)作品)
内容紹介 敗北が決定的となったフィリッピン戦線で結核に冒され、わずか数本の芋を渡されて本隊を追放された田村一等兵。野火の燃えひろがる原野を彷徨う田村は、極度の飢えに襲われ、自分の血を吸った蛭まで食べたあげく、友軍の屍体に目を向ける……。平凡な一人の中年男の異常な戦争体験をもとにして、彼がなぜ人肉嗜食に踏み切れなかったかをたどる戦争文学の代表的名作である。