故吉村昭も好きな作家の一人である。史実をベースに淡々と、されど人物に巧妙な光を当て生き生きとさせてしまう力量が吉村昭にはある。時代や人物に対し妙な弄り方をしない、バイアスをかけない作風が多い。時代背景の描写も適切だろうと素人目には思われるし、オリジナルは片苦しい役所風の文献も読み手に興味を引き起こさせる如く魔法のスパイスを塗してしまう。読者を中毒症にさせ、引き摺り込んでしまう怖さ(実はこれが快感であるが)を持ち得ている。本書は、とある浦の漁村に起こったしがない事件であるが、江戸期ではしばしば勃発した事件かもしれないし、間違いなく歴史書に載ることもない地味な事件であろう。そこにスポットを当てた著者のセンスを讃えたい。
内容紹介 江戸末期、難破した幕府の御用船からこっそり米を奪った漁師たち。村ぐるみの犯罪は完全に隠蔽され、平和な生活は続くかに見えたが、ある日一通の書簡が村に届く――。難破船に隠されていた意外な事実が明らかになる時、想像を絶する災厄が村に襲いかかる。追い詰められた人間の破滅に向う心理に迫る長編歴史小説。