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※これはシリーズブログ、読み切り編。
秋も去って冬になった頃(1980年)、毎月定番となった配達区域の変更、もう不安はない。どこだって慣れりゃ同じだ、なんて言い聞かせながら、その冬は11区、配達区域の南端、南津守での出来事だった。
当時、1階が低い車庫でその上に2階建てのこじんまりした建て売り住宅が大阪のあちらこちらで販売されていた。1,500~1,700位万だったように思う。
道を隔てた袋小路の両脇に左右それぞれ7~8軒が両側にある建て売り住宅が3、4列続いているのが多かったですよね。
普通は1階の地上部分は車庫なわけだから、一般の方は自動車やら自転車を入れるわけですね、車がない人は盆栽を入れたり、趣味の小部屋みたいに利用している人もいたね。
そこのとある一軒、車庫にあたる部分で犬を飼っている。入り口部分はフェンスで囲まれ、その奥に大きな犬小屋が備え付けられていた。
お住まいになっているのは大型ドーベルマン犬、初めて配達した時、こいつは朝の5時過ぎ、まだみんながスヤスヤ眠る夜も明けきらぬ暗闇だね、その家の前に差掛かり、新聞を三つ折りに畳んで入れようとすると、闇夜をつんざく、地響きがするほどの音量で吠えまくるんだね。 |
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「あら、あら、こりゃ、ご近所迷惑な犬やんか、まったく。」と思っても、そやつはフェンスの奥。犬小屋から飛び出してきても僕は檻の外。こっちは怖くもなんともない。「ほざけ、ほざけ、しつけもされてないバカドーベルマンめ」な感じだね。
さて、数日配達し、同じく夕刊を配っていた際、そこの主人が待ち構えたように玄関前にいる。
見るから、そのままやくざだね。どの程度のランクか知らないけれど、パシリから少し役付けになったくらいだと思うけれど。
静かに睨みを効かしながら、僕のほうに進み出て、
「あのな、兄ちゃん、朝、こいつが吠えるからみんな迷惑しとんねん」
(そりゃ僕のあずかり知らぬのところ、あんたの躾が出来ていないだけじゃないの)と思いつつ、
「そんでやな、慣れとらんから、吠えるんやな」
(理にかなったことを言うではないか)
「今から犬出すから、慣れてくれや、まあ、何回か匂い嗅いどいたら、まあ、吠えへんやろ。」
僕の合意を得るも何もやくざはフェンスを開けて、ドーベルマン君を引き出すではないか。
僕はテレビでは見たことはあったけれど、間近でドーベルマンを見たのは生まれて初めてだった。でかい、しなやかで艶々の真っ黒だ。というか、犬では一番精鋭で戦闘能力は高いだろうし、噛み千切る力はそのむき出しとなった歯茎と歯を見れば誰も疑う余地は一切ない。子犬の時に両耳を切断して耳を立たせたタイプだ。 |
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僕はブログにも書いた大型犬ヨーゼフの事がああったら、正直怯えていた。
しかし、そこはそこ、僕も男じゃ、慣れた手つきを装いつつ、数分じゃれ合った。
中途半端やくざの主も大丈夫と判断したんだろうね、「あのな、オマエ配達しとるやろ、でな、朝、こいつの頭を毎日撫でたってくれるか」
こんな事があり、翌日からの配達は気分的には少しだけ気楽に感じながら配達したんだよね。
「そういや、あのおっさん、犬の頭を撫でてくれ、なんて言ってたな、でもあいつ、臭いしな・・」僕は「ワンちゃん、ワンちゃん・・・」って呼びかけると、眠たげなボケ面で歩み寄ってくる頭を恐る恐る義理的にナデナデしてやった。
でもね、一歩間違えば、ガブリとやられれば、僕は指を全部失い、「兄ちゃん、どこの組の方かは知らんけど、随分、指詰めましたなあ、えらい失敗しはったんですなぁ」と、津守界隈では有名人となったかもしれない。第一新聞が滑って配られないと思うし、かぎ爪のアタッチメントを付けなきゃならなくなるし。
その日はそれ以上のことは起きなかった。
しかしだ、主が主なら、犬もバカだ。時々、朝は僕がいつものように頭をさすってやろうとして呼び出すと、寝ぼけ眼で側まできたボケドーベルマンは、「ウーーーーッ」と喉を鳴らしながら、突如、雄叫びを上げる。
僕はスタコラサッサと退散した。
戻るなり、「次の区域、覚えましょか? あと2区域は覚えてないし・・・」と所長に相談したのは賢明な対処だったと思うね。
(やれやれ)ってことね。 |
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