2008年2月28日(木)
「ヒトラー・マネー」を読んで。

 ここ、2〜3週間で、ドイツが第二次世界大戦中に、贋札(にせさつ)造りをした、ノンフィクションの本を2冊読んだ。今、「ヒトラーの贋札」の、映画も公開中だから、観に行こうと思っている。

 「ベルンハルト作戦」として、史上最大の国家的ニセ札の全貌とあるが、囚人の苦悩が痛々しいながらも、ホロコーストの中に合っては、異質の待遇であった。でも、次回紹介したいが、アウシュヴィッツ、ビルケナウの収容所の悲惨窮まりない、地獄絵の前では、言葉を失ってしまう。

 今日は、一冊目に読んだ、”贋札造りのテクニックの部分”を、抜粋紹介してみようと思う。ヒトラー大国がアウシュヴィッツ・ビルケナウだけでも150万以上の命を奪った。ユダヤ人だけではなく、他の民族・捕虜も含めてだ。大虐殺・殺戮の事実の中では、贋札造りなんか、「勝手にやって。」、と思うくらい、軽い、と僕の中では思ってしまう。学ぶことも多く、考え込んでしまうには、十分過ぎる本であった。興味がある方は、一読をお勧めする。

「ヒトラー・マネー」
ローレンス・アルキン/徳川家広訳

講談社 2008/1/9
「ヒトラーの贋札<悪魔の工房>」
アドルフ・ブルガー/熊河 浩訳
朝日新聞社/2008/1/30 

(抜粋164頁) 偽札を印刷すること自体は、印刷の専門家であれば、だれでもできそうに思われた。用紙も本物と見分けの付かないものができるようになった。暗号と通し番号がばれないように偽造することも、なんとかなった。ボンド紙幣に使われるインクは、ほとんど問題にならなかった。葡萄の蔓から作った炭を亜麻仁(あまに)油で煮立てて作った「フランクフォート・ブラック」というベルリンの製品が、ぴったりの色合いだったのだ。作戦が実施されていた数年間で、クルーガーはこのインクも改良して、紙幣用紙への染みこみ具合を本物に似せることに成功している。

 だが、これで乗り越えるべき障碍を全部クリアできたわけではなかった。白地に黒のポンド紙幣が始めて発行された一八三〇年代以降、イングランド銀行はさらに偽造防止の仕掛けを各紙幣に仕込んできたのである。そして、どの紙幣も十万刷るごとに、“罠”を変更していた。五ポンド札だと、“罠”は実に一五〇種類にもおよぶ。

 ワイルマール共和国時代、ドイツ帝国銀号はそれらのトリックについて学ぼうとして、イングランド銀行に見本の提供を求めたことがあった。イギリス側は渋々これに応じるが、“見本”という判がしっかり押されたポンド紙幣をドイツ側に渡すだけで、“罠”の原理はいっさい明かさなかった。

 戦期間の偽札犯のほとんどが失敗したのも、これらの細かい“罠”を見落としたためだった。偽ポンドはすぐに担当の職員に見破られ、没収されてしまったのだ。だが皮肉にも、ポンド紙幣は偽造不可能だというイングランド銀行の思い込みと過信が強まり、ナチの偽札作戦に対し、無防備なままだった。

 城と収容所の二カ所で、何枚もの本物のポンド札の画像が、スクリーンに投影された。何種類もの偽札原板を作っていた製版工たちが、その鋭い目で拡大投影された紙幣をじっくり観察して初めて、どれほどの多くの罠が仕掛けられているのかが判明する。そのどれもが、ちょっとした印刷のミスや傷跡にしか見えないものだった。

 ブリタニア像の楕円形ビネットだけでも、ブリタニアの右手の甲に記された五つの点、彼女の持つ槍の柄のわずかに欠ける陰影、そしてブリタニア像を囲む右上がりの花飾り、この陰影の線描に生じた髪の毛一本ほどの切れ目と、三つの“罠”が隠されていた。ブリタニアの持つ盾の線が歪んでいるものもあれば、海の陰影の濃淡が不ぞろいのものもあった。おかげで囚人たちは、ビネットを「ブラディ」、つまり「血まみれ」のブリタニアなどと呼ぶようになる始末だった。

 初めは、クルーガーのチームはこの“罠”をいくつか見落としていた。だが、彼らの偽札職人としての熟練度が上がるにつれ、わざと歪めた文字や、金額の数字をスペルで綴った、その手書き文字に付けた小さな傷、それに“ハエの糞の跡“と呼ばれるほどごく小さな点など、”罠“がどんどん見分けれれるようになる。それらはひとつ残らず、そのまま複製されることになった。

 たとえば、出納課長ペピアトの署名をよく見ると、「i」の字の真上の少し横に小さな点があった。これも“罠”である。また、ペピアトの三つの「p」のうち一つには、小さな尻尾がついていた。原版にインクをつけすぎると、にじみ出尻尾がぼやけてしまう。
 一九四三年のある日の朝、第十九棟に現れたクルーガーは、一枚のポンド紙幣をポケットから取り出し、笑顔でひらひらさせた。
 「諸君、見たまえ。この札をイギリスのいくつかの銀行で見せたところ、どこでも本物だと太鼓判を押してくれたよ。おめでとう。素晴らしい仕事ぶりだ。諸君は私の誇りだ。もう心配することはない。印刷工場を拡張しなくちゃならないな。」

 完璧な偽ポンドを製作することに成功した囚人たちへのご褒美として、クルーがーはラジオにつける拡声器を第一九棟に届けさせた。だが、そんなことをするまでもなく、囚人たちは成功の知らせに大喜びだった。偽札造りは、もっと大規模になって続けられるのだ。ガス室送りになる日も、それだけ遠のいたことになる。顔を喜びで輝かせるクルーガーに、彼らは敬服しないわけにはいかなかった。

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