北海道ツーリングのんびり旅日記 2004/09/07-09/14 2004
9/12
日曜日

【第六日目】
 4:55起床。昨夜、遅く到着したロシア学生の女の子を泡渕さんの道案内でと稚内のバスターミナルまで僕のバイクの後ろに乗っけて送っていった。朝の5時過ぎはまだひんやり肌寒い。バスターミナルに着いたらロシアの彼女の目が涙目になっているではないか。そんなに別れが悲しいのか、僕と一緒にいたいのなら何日でもお付き合いしますよ、なんてことは影形もなく、それはね、ヘルメットもフルフェイスじゃなかったし、身長も僕よりずっと高いので顔にモロ風を受けてたんだろう。寒かっただけなんですね。悪いことをした。でも早く着いたでしょ、って感じ。「さよならはロシア語で何て言うの?」「バーカ」。うう、何。よく聞くと、「ぱっか」と聞こえる。「じゃあ、パッカ、お台場で逢おうね。」と約束をしてお別れをした。
 荷物の片付けをして、名残惜しいが貧ちゃん、泡渕さんとお別れ。また来年も来るだろう。そしたらまだ貧ちゃんは11年目の稚内で変わりなく過ごしているように絶対思う。暫しの別れ。40号線を南下して旭川へ。距離は約250kmちょっと。北海道は気分爽快に走れるが、虫がやたらにぶつかってくる。小さいのはいいが大きな虫は何かは知らないがヘルメットにぶつかるとバチッと音がして体液を撒き散らしながら潰れる。コッパ微塵、玉砕状態。特攻隊ではないのかと思ってしまう。休憩するとヘルメットと体のあちこちにへばり付いた虫を拭き取るのが習慣となった。3時間30分で旭川到着。泡渕さんがおいしいと言っていた「みずの」の生姜ラーメンを食う。おいしい。小ライス付きで650円は安いと思う。一服後、富良野を目指して237号線を南下。富良野は特にお目当てはないがラベンダーとかパッチワークの路とか、チーズ工場あたりがメジャーなんだろう。どこにも行かない。僕はやっぱり変わり者ですね。あまりみんなが集まるところは敢えて行きたくないというようなヒネクレた性格ですから。富良野というと「北の国から(倉本聴)」のテレビ番組で有名なところでもある。今日は早めにライダーハウスに行こうと思い、予定の場所へ着いたがご主人が不在で今はやっていない。急遽、インターネットでライダーズハウスを探す。富良野の麓郷(ろくごう)に「ラベンダー」を見つけ、今度は念のため電話連絡をして予約。一路、237から38号線、544号でライダーズハウス「ラベンダー」に16時到着。この近所に北の国からのロケ地となっていた拾ってきた家、五郎の石の家、2番目の家の丸太小屋、三番目の家の純の風力発電所が数キロ以内にあるらしい。あっ、4番目の家もあるんだって。(北の国からマップが床に転がってる) ファンの観光客も多く訪れるらしいのだが、僕はまったく北の国からを観たことがないのでピンとこない。荷物を解いてライダーハウスの実家が野菜屋さんと蕎麦屋をやっているので、もり蕎麦と生ビールを。蕎麦はちょっと太めだが腰があってうまかった。18時過ぎ、姫路と神戸から男の子2人到着。富良野のどこかで出会って意気投合してここ「ラベンダー」に来たとのこと。二人とも最近仕事をやめてプ〜タロー君だ。晩御飯「ジンギスカン」鉄板じゅうじゅう焼+大盛りご飯で1,500円。食事なしなら600円。風呂は五右衛門風呂で鉄分が体にいいなあ、沁みてるなあと感じつつ入浴した。姫路、神戸の彼らと関西弁丸出しで旅の経過や失敗談を話し合った。一番の話題は、彼らはダート道を走るので、熊に逢った時の対策をどうするのか、がメインテーマであった。結論は出なかった。なるべくなら出会いたくない、熊の求愛している声をテープレコーダに録音しておいて、その場に置いて逃げる、単独行動はしない、あたりで話は終結をみたようである。バイク専門のマップには、ダート道がどこにあるか、などと書かれている。「しまったダート」と書かれている場所があるが、彼ら二人は最初、ここのダートを通ると、「しまった」(失敗した)と思いこんでいたらしい。要は危険なダートなんだろうというニュアンスね。でも実は、土地がよく踏み固められている締まっている砂利道なんだということが現地で判ったらしい。経験は最高の勉強である。うーーん。本日の走行距離:330km。22:45就寝。そういや、写真は一枚も撮らなかったなあ。

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