日本陸海軍機大百科、『一式陸上攻撃機』(5) 2014
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日曜日



日本陸海軍機、第121弾は、日本海軍の不調に終わった一式陸攻の後継機開発の顛末が紹介されている。


当初の計画より半年以上遅れ、昭和15(1940)年末頃より陸攻型本来の生産が始まった一二試陸攻。のちに一式陸攻と呼ばれた本機の後継機を得るべく、翌昭和16(1941)年草創、海軍は三菱に対し「一六試陸上攻撃機」の名称で思索を命じた。しかし、太平洋戦争勃発後の戦況の推移により、双発陸上攻撃機そのものの存在価値が低下。後継機開発の指針がぶれてしまい、作業は難渋した。







今回のモデルは、太平洋戦争終結直後の昭和20(1945)年8月19~20日に降伏条項折衝のための全権使節団一行の輸送任務に就いた、元横須賀海軍航空隊(神奈川県横須賀基地)所属の一番機。機体全面を白塗装に仕上げ、左右主翼上下面、胴体両側、垂直尾翼には、緑十字(グリーンクロス)標識を記入した。また、胴体には白塗装で塗りつぶした際に残った日の丸の跡も忠実に再現されている。このほか、白塗装のスピナーと黄色の警戒帯を施したこげ茶色のプロペラ、黒色のループアンテナ、焼鉄色の排気管、翼端灯、尾輪の塗り分けなど、細部塗装も実機どおりに再現されている。




次回は、海軍の『零式艦上戦闘機二一型』をご紹介します。



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