本書「真空地帯」は、当初「真空ゾーン」のタイトルで雑誌『人間』に1951年(昭和26年)一月から二月にかけ発表され、その後、1952年(昭和27年)に既発表部分を全面的に改稿し、書き下ろしも加えて河出書房より刊行されたものである。
軍隊というのは、人間の尊厳や誇りを完膚無きまでに削ぎ落とし、野生・野獣に変貌させるための組織である。その手始めに、朝な夕なに制裁を加え、殴る蹴るで精神をたたき直す、というのが第一フェーズなのだろう。初年兵が二年兵、三年兵(一等兵、上等兵)に進むにつれ「鬼」に変貌していく。第二フェーズといえるか。絶対服従するのが軍隊の掟であって、理不尽である、筋が通らないと反抗することがなくなるまで徹底的に反復練習?をして体に心に刻みつける。戦地で「そりゃおかしいでしょう」では命を落とすし、口答えせず、突撃ラッパとともに無条件に突き進んでいかなればならないからだ。
小説として、著書の軍隊経験も踏まえてか、よく書けている。人間模様が、初年兵、古年兵、准尉、班長、隊長、将校などの関係性が明確である。その中で主人公の木谷、それを支えようとする曽田が中心となり、彼らの心の揺れが伝わってくる。共感できる。小谷の人生は傍目からすると「幸薄き」男と映るだろう。最終章で戦地に赴く小谷が彼の心を暖かく包む思い出を振り返る。惚れた女郎花枝のことが大部分だ。それは下品だ、本当の恋じゃないという人もいるだろう。僕はそんなことはないと思う。他人が揶揄できることではない。生きて帰ることはないだろう兵隊が、何に安らぎを見いだすか他人が言えるはずがない。薦めたい本。
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