前回の「正確な感情移入」の二分割した後編。
『いやな気分よ、さようなら』から怒りについてシーリーズで要約してみたい。
誰にでも怒りはあるもの、その辺りをどのように緩和するか、多分、恐らく、皆さんにも有益な部分はあるはずだから、参考になればと期待を込めて。
本シリーズはこのように分割したい。
〈増補改訂 第2版〉いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法
デビッド・D.バーンズ 山岡 功一 夏苅 郁子
David D. Burns 佐藤 美奈子 林 建郎 小池 梨花
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内容(「BOOK」データベースより)
認知療法の気分改善効果は、驚くべきものである。うつ病に対して、抗うつ薬と同等か、それ以上の治療効果があると証明された初めての精神療法、それが認知療法である。本書は、人生を明るく生き、憂うつな気分をなくすための認知療法と呼ばれる最新の科学的方法を示す。抑うつ気分を改善し、自分の気分をコントロールする方法を身につけるための最適の書。
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◆正確な感情移入
前回の続きとしていた”感情移入のテクニックは人の行動がより意図的に敵意を持ったときにも有効”ということについて要約したい。
【例】
仁美という28歳の女性が夫、浩二との離別ついて助言を求めてきた。五年前、仁美は夫が同じビルに勤める麻里と浮気をしていることに気づいた。このときは大変なショックだったが、それでも、そう大騒ぎにはならなかった。浩二は麻里と別れることをためらい、更に八ヶ月が過ぎた。この間の屈辱と怒りは彼と別れる重要な要素となった。彼女はこのように考えた。
(1)夫にそのような権利はない
(2)夫は自分勝手である
(3)不公平だ
(4)夫は堕落している
(5)自分の結婚生活は失敗だ
治療の中で仁美に夫(浩二)の役をしてもらい、夫がなぜ麻里と浮気したのか、なぜそんな行動をしたのかを正確に説明できるかどうかを観察した。ロールプレイが進むと、突然夫がなぜそうなったのかわかり、その瞬間夫への怒りは全くなくなったと語った。セッションの終了後、何年も続いた怒りの劇的な消失を詳細に記録した。
麻里との浮気が終わってからも、夫はまだ麻里のことを思っているようでした。これは私には辛いことでした。浩二は私を本当に大切にしておらず、私より自分自身の方が大切なんだと感じました。夫が自分を本当に愛しているなら、こんなふうに自分を扱わないだろうと考えました。自分がこんなに惨めになるのに、どうして夫は麻里を見ていられるのでしょう。浩二に対し本当に怒り、自分に腹が立ちました。全てが違って見えました。自分が浩二になって考えると、その気持ちが理解できました。浩二は自分で考え出した「勝つことの出来ない」罠にはまっていたのです。夫は自分を愛していたけど、やけになって麻里にひきつけられたのです。思えば思うほど止められなくなるものです。彼は罪の意識を感じても止められませんでした。麻里と離れても、私と離れても愛を失うと思ったのです。彼は意に反してどちらも手放せなくなっていたのです。夫がなかなか麻里と別れなかったのは私の無能さのせいではなく夫の優柔不断のせいなのです。
この体験は私にとっは神の恵みでした。私は最初に何が起こったのかわかりました。夫は何もわざと私を怒らせたわけではないのです。ただ、あのようにするしかなかっただけなのです。こう考え理解できて幸せでした。
次に浩二と話すときこのように言いました。私たちは互いこのことを良く考えました。感情移入のテクニックは良い経験になりました。それは、今まで感じていたことより現実的な考えだと思います。
仁美の怒りの鍵は自尊心をなくすことへの恐怖でした。浩二が本当にひどく悪い行いをしていたとしても、彼女の怒りは自分がそれをどう受け止めたかによるもの。仁美は「幸せな結婚」のために「良い妻」でなければならないと考えていた。この考えこそが彼女が感情的に混乱した理由だった。
<前提>自分が良い妻ならば、夫は自分を愛し、自分に忠実であるはずだ。
<観察>夫は自分を愛していないようだし、貞操でもないようだ。
<結論>自分は良い妻ではないみたいだ。あるいは、浩二は私の「ルール」を破ったから不道徳な悪人だ。
このようにして仁美の怒りは頭をもたげていた。彼女の仮説ではこれだけが自尊心を傷つけないただ一つの方法だったのだ。この解決方法の問題点は、
(a)彼女自身、夫が「良くない」と本心では思っていなかった、
(b)夫を愛していたので離婚したくなかった、
(c)慢性的な怒りのため気分も悪くなり、そのためにさらに夫を遠ざけた、
ということだった。
自分が理想的である限り夫は自分を愛し続けると言う仁美の前提は、御伽話に過ぎない。感情移入のテクニックは、この前提に含まれる誇張をなくし、考え方を効果的なものにした。夫が浮気したのは仁美が悪い妻だったからではなく、彼自身の歪んだ認知に基づくものだった。夫は自分で混乱していただけで、彼女が悪いわけではなかった。
仁美はたとえこれに気づいて雷に打たれたような思いがした。夫の眼で世界を見た瞬間、怒りは消えた。夫や自分の周りの人の行動に対する責任は自分にはないと考えることにより、人間が小さくなったように思えたが、同時に自己評価は急上昇した。
次のセッションで仁美は厳しいテストで新たな洞察を深めてもらった。これにうまく答えられるかどうかで、彼女の混乱させている悪い考えと向かい合わせてみた。
著者(精神科医):
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「ご主人は直ぐにあの女性を追うことを止めることができたのに、あなたを馬鹿にしていますね」
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仁美:
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「いいえ、夫は罠に嵌められてそうもいかなかったんです。麻里に誘惑され夢中になっていたんです」
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著者(精神科医):
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「しかし、あなたと離婚して彼女と一緒になるべきだったんじゃないですか。そうすれば、あなたは苦しまずに済んだのに。そのほうがずっと人間的だったんじゃないですか」
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仁美:
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「夫は私を愛していたし、私や家族もいたから離婚できないと思ってたんです」
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著者(精神科医):
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「ひどいですね。あなたをそのままにしておいて」
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仁美:
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「ひどくないです。ただそうなってしまったんです」
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著者(精神科医):
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「そうなってしまった。よくもまあ気楽なことがいえますね。そもそもそんなことになるべきじゃないでしょう」
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仁美:
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「あのときの夫は、生活に疲れていて、麻里の方がけしかけたんですから。たまたま、ある日麻里のちょっかいに耐えられなかったんです。そのちょっとしたことで浮気が始まってしまったんです」
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著者(精神科医):
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「わかりました。彼はあなたに誠実でなかったし、あなたは軽く見られんたんですね」
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仁美:
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「そういうことじゃなくって・・・。それにどんなときでも重んじられたいなんて思っていません」
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著者(精神科医):
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「でも、そんなことじゃあなたが良い妻であても、彼は刺激を探し続けますよ。あなたは望まれず、愛されないのです。あなたは二番目なのです」
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仁美:
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「それでも、夫は最終的には麻里ではなくて私を選んだのです。だからといって、麻里との勝負に勝ったということではないのです。同じ意味で夫が逃げることでこの問題を解決しようとしたとしても、私が愛されていないとことにもならないのです」
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彼女を怒らせるような質問にも仁美は冷静だった。これは彼女が人生の辛い出来事を超越していることを証明するものだった。彼女は自分の怒りを自己k評価に換えたのだった。感情移入は怒り、自己欺瞞そして失望の罠から抜け出す鍵だったのだ。
次回は「統合:認知リハーサル」について掘り下げていこう。
(xxx)
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