アカシックレコード 2008
11/24
月曜日
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 今朝から、『永遠のエドガー・ケイシー』を読み始めた。彼を取り上げた著書は数冊読んだのだけれどね。今は既に故人(1877-1945)で、肉体を病む者にはその治療法を教え、精神的な悩みを抱える者にはそれを克服するためのアドバイスを与え、霊的な心理を求める者にはその探求方法を教え、ケイシーは心と体と魂の福音を伝えた人ってことになっている。

 原書は「川がある(There is A River(1989)」で、彼が存命中に書かれた上下二分冊の本がセットして再出版された。

 まだ、100ページ(全642ページ)しか、読んでいないけれど、今は彼の生い立ちが僕の中で克明になってきている。

 僕は変な宗教にとらわれることは、まずないし、頭が振れているとも思わないけれど、数冊の著書を読む限り、こう考えると、あらゆることが自然だし、現代科学では解明仕切れないことも存分にあるのだろうな、なあんて思うのですね。

 ”チャネラー”のブームを呼び、”精神世界”として日本でも、もて囃された時もあった。

 ヘッドラインの「アカシックレコード」ってキーワードはウィキペディアから無断拝借すると、 『アカシックレコード (Akashic Records) は、宇宙や人類の過去から未来までの歴史全てが、データバンク的に記されているという一種の記録をさす概念。多くの場合、宇宙空間それ自体にその(一種の)記録がなされると考えられており、アカシャ (Akasha) とはサンスクリットで「虚空」、「空間」を意味する。』とある。

 つまり、エドガー・ケイシーはこのアカシックレコードにアクセス出来た希有な一人で、自己催眠で眠りに落ち、治療を欲する人の住所・名前を聞くだけで、医学的な知識もないのに、あらゆることをすべて言い当て(100%じゃない)、どういった治療を施すべきだってことのアドバイスを、儲け主義無くやり遂げた人で、今でも全記録を公的に回覧することができるのだってね、研究にも用いられている。

 死んで魂が、再び地上に舞い戻ってくる、輪廻転生を繰り返しながら、魂を浄化させていくんだ、って考えが何故か、僕の波長に合うのだよね。

 だから、死ぬことは何ら、怖くもないし、老化したっていいのだし、召されるってことはある意味、カルマを軽くしたこと、この世で返せなかった人は、次の地上で、自分の次の地上に降りてくる魂に降りかかってくる。

 それらの自分の撒いた種は必ず自分の手で刈り取らなきゃイケナイ、一人勝ち、やり逃げってことはないって、何故か自然でしょ。

 するとね、ざらついた尖った気持ちも、何故か平面な真っ平らな心を取り戻せるんじゃないかな、小さなことでクヨクヨしなさんな、もっと未来永劫の自分の魂が次の誰かの体に宿ることを見据えて、今を行動しろよ、コラってことになるね。今、辛いことがあるとかいって運命を罵るって手もあるけれど、言い換えれば、修行・試練の一つ、そこを投げやりじゃなくて、改善すべく受け止めて、いい方向に向けたいね。エラソーなことを言ってスミマシェン・・・

 続きを読みたいので、ぱぱっとブログを20分で書き終え、生ビール片手に午後から読み続けよう、っと。こりゃ、精神的にシアワセですよ。

 じゃ。

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