2008年7月12日(土) 
 『小学三年生で植えた松の苗木』って?

 今日は夏らしい快晴でしたね。今日も浮浪者の如く、トポトポ徒歩した。38,000歩、丁度30kmかな。

 同じプロジェクトに”しばりん”という59歳になる人がいる。僕たちは破廉恥学園、校長(僕は教頭)って言われてるし、エロフェッサー(教授のプロフェッサーを僕が捩って)の異名も持っている。 実際エロ親父じゃなく、とても優しい人で、見かけは大魔神のように怖い、イカツイ顔なのだけれどね。その彼も結構歩いていて、数ヶ月で10k近く落とした。最近、まじでお腹も凹み、日焼けした顔が益々、大魔神の黒色に近づく。僕が知らない人だったら、道ですれ違うときは避けて通るだろな。でも見かけと180度違うギャップが面白い。

 「しばりん、歩数で僕に追従しようったって、僕は逃げ切るからね」、7月1日から累積で、月間総歩数325,373歩、うちしっかり歩数は221,793歩なのだ。毎日、平均20kmは歩いている勘定だね。

さて、昨日のブログで最後にコメントしたヘッドラインの話をしましょ。

 僕は徳島の田舎出身で、農村地帯だから、みんな農業やってるわけ、で、当時はお米と筍(竹の子)の名産地で、春先は家族総出で、竹の子の出荷に追われる。足腰は子供の頃から鍛えられる。僕の同級生のノーチン(ニックネーム)なんかは、親に学校休まされて、家の竹の子掘りを手伝わされたやつもいるけどね、その位、春は竹の子出荷が忙しいし、人手がかかるものなんだ。
 僕ね、子供の頃から、春先の田んぼにレンゲが咲き誇ってピンク色の絨毯となり、タンポポの黄色や、新芽が萌えて、木々が黄緑色になる、野山が色付く季節が大好きで、嬉しくてね、小学3年の時、切り崩した山の斜面に、そう、5cmの杉の苗が根付いているのを見つけたんだ。学校の帰り道、一週間毎日ずっと見つめていた。

 僕の家の前に杉の大木があって、父と母が両手で回しても届かない、直径は優に1メートルを軽く超えていただろうけれど、「この杉もあんなにでっかくなるんだ」と子供心に感心して、そっとスコップで掘り返して家の庭に植えたんだ。

 僕の記憶は完全に吹っ飛んでいるけれど、ちょっとここから、徳島弁でいくね、母親が言うのだけれど、

母:「しょうご、なんで、杉の木、植えたん?」

僕:「あのな、僕な、兄ちゃんがおるけん、いつか、家を出ていかんと、あかんけんな、あのな、この木でな、家建てるんよ。」

と言ったらしい。

 家の庭に植えた杉に毎日水をやり、毎日眺めて過ごした。遅々として大きくならない。半年もすると、飽きっぽい僕は杉さんの事も忘れ、時折眺める程度だった。
 高校一年の時、前述の杉の大木を切り倒して、他にも檜の木もたくさんあったから、自分の山の木を製材して、離れの家を建てた。兄と姉と僕の部屋となった。

 その時、今は死んじゃったけれど、じいちゃんが、「しょうごが植えた杉やけん」って、僕が知らぬ間に1メートル以上になっていた杉2本を竹藪に持って行って移し替えてくれていたんだね、すっかり僕は杉さんの興味を失ってたしね。

 それで、数年に一度、帰省すると、その杉の木を見に行くんだね、樹齢38年、すっかりでっかくなってるけれど、昨日、NPO法人「あきる野さとやま自然塾」のMずのさんと雑談したけれど、杉を植えると、孫の代で使える材木となるのだって、つまり3代、60年から70年で出荷出来る状態に育つってことね。あと、僕が30年生きてたら、使える状態になるね。

 で、その小学三年で植えた杉は、移し替えたはいいけど、全然手入れしていないし、枝打ちもしていないけれど、今回、森林活動でいろいろ学んで、自分の手で、その杉の枝打ちをしてやろう、なんて考えてワクワクしているんだ。

 あの時、山の斜面にあった杉さんは僕に、「こんな切り立った場所じゃ、ちゃんと大きくなれないから、何とかしてよ」って訴える声が聞こえたからね、何故か、僕にその杉さんは念力を送ってたんだね、「千載一遇」だったんだと信じてる。

 とりとめのない話でごめんね、じゃ。

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