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はじめに

 平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。岩佐@「匠の会」迷幹事です。
次回『匠の会』開催は現時点で未定です。
2010/11/19 第11回目となりました「定期交流会」と題して開催しました。写真も掲載しました。会計報告も併せて報告します。
2010/10/08- 随時、ご案内にコメント頂いた方を随時、掲載させていただきました。
2009/11/20 「定期交流会」と題して開催しました。写真も掲載しました。会計報告も併せて報告します。
2009/10/14- 12月20日のご案内にコメント頂いた方を随時、掲載させていただきました。
2009/03/06 2009年11月20日(金)次回開催に向け、新宿(センチュリーサザンタワー)パークルームを予約しました。
2009/02/27 富士通組「分科会」大いに盛り上がりました。
2008/11/14 「定期交流会」と題して開催しました。写真も掲載しました。会計報告も併せて報告します。
2008/10/17- 11月14日のご案内、コメント頂いた方を掲載しました。
2008/01/30 富士通組「新年会」大いに盛り上がりました。
2007/11/21 「久々交流会」と題して開催しました。写真も掲載しました。会計報告も併せて報告します。
2007/11/20 出席頂ける方、欠席となる皆様の暖かいコメントをアップしました。(コメント頂いた方のみ)
2007/11/19 企業LINKSアップデートしました。
2005/06/16 匠の会、定期交流会(2005/06/10)、写真を掲載しました。併せて、新規参加企業様のリンク先を追記しました。
2005/05/11 匠の会」掲示板を開設しました。自由な発言の場として活用させてください。
2004/09/26 2004/10/22開催しました匠の会」久々交流会開催
2004/09/24 関係いただいています企業様のリンク集です。
2004/09/09 にわかごしらえでサイト立ち上げ。

1.誕生までの経緯

 匠の会につきまして、簡単にご紹介させて頂きます。

 1987年CUSTOM構築前進として、CBIS社のオーダ・料金業務パッケージの購入が決定されました。当初、名古屋、猪高(いだか)にIBMメインフレームを構築し、アプリケーションの組み込みと日本語化を含めた総合デバックをすることになりました。IBMメインフレームSG部隊として、NTT社員の実践メンバ、課長 松嶋配下に牧野(VM)、佐々木、岩佐(OS/ISV)、鈴木(NET)、田村、森(CICS/IMS)が担当としてアサインされました。(短期の方を除きます) そして名古屋の優秀なSEが召集され、我々は基本から、またシステム導入の実践を通じてIBMメインフレームに馴染んでいったのです。当時、1988年頃はIBMメインフレームの文化はNTTには広く浸透しておらず、DIPSがまだ幅を利かせていました。ノウハウを吸収することも責務のひとつでした。1990年、川崎 講和西口ビルにIBMマシンの「メンテナンスセンタ」構築が決まり、実践メンバーは全員、川崎へ異動となりました。佐々木はハード設計・サイジング担当へ異動しました。やや後に課長の松嶋が運用設計へ、入れ替わり浜田が着任しました。田村は地元北海道に転勤しました。CBIS社のパッケージ採用を断念し、当時の情報システム本部がマルチベンダー化としてIBM、富士通、日立マシンで全国区の大掛かりな大規模システムを展開することになりました。全国7600万加入の固定電話を管理するシステムです。コアメンバは、浜田、牧野、鈴木、森、岩佐、棚橋となります。コアメンバは富士通機、日立機のメンテナンスセンタを併せて構築します。牧野が猪高へ異動、後任は堤が着任します。名古屋:猪高センタは全国の習熟センタ、移行検証センタとして姿を変えていきます。ここでは牧野が地元に戻り旗を振りました。その後、CUSTOM商用データセンタ(北日本DC、首都圏DC、中日本DC、関西DC、西日本DC、集中管制センタ)のすべてに携わってきました。このメンバは最高の結束力、集中力、技術力、信頼力を兼ね備えたチームだったと感じています。また、メーカ・ベンダとして支えていただいたIBM社、富士通社、日立社、サードパーティ各社の多大なるご協力と優秀なSEの力なくては成立しなかったことは言うまでもありません。森は途中、家庭の事象もあり猪高へ転勤し牧野と合流します。いろんなことが目まぐるしくあったため、私の記憶力ではすっかりすっ飛んでしまっていますが、おおざっぱにはこのような変遷を辿りました。

 さて、この「匠の会」は、それらCUSTOMのシステム構築に携わった社員、SEが中心となり、同窓会的乗りで参加メンバを増殖しながら今日に至っています。「匠の会」名付け親は浜田です。 【匠(たくみ)】とは、以下の様な意味がありますが、プロとして一芸に秀でた者として行動・実践してきたという誇りと、今後もそうであってほしいとの願いが込められているのです。 今、テレビで改装番組Before/After匠の技とか放送されていますがこちらが随分早いのです。

  • 〔動詞「たくむ」の連用形から〕
    (名)
    @手先の技術や道具を用いて、工作物や建物を作り出すことを業とする人。工匠。大工(だいく)や細工師をいう。《匠・工》  「飛騨の―」
    A工作物・建物などに施す技巧。意匠。趣向。《巧》  「名匠が―をこらした建造物」「人間の―を加へざる処なれば/即興詩人(鴎外)」
    B美しいものを作り出すわざ。  「自然の―」「造化の―」
    C考えをめぐらして見つけた方法。工夫。  「ただ―によりて、よき能にはなるもの也/風姿花伝」
    Dはかりごと。たくらみ。計略。  「腹の中はそれほど―のある奴では無いと/真景累ヶ淵(円朝)」
    (形動)[文]ナリ
    手際よくすぐれているさま。上手なさま。巧妙。器用。《巧》  「―な手つき」「言葉―に人をだます」「―に逃げ回る」
2.今までの開催イベント
日 時 場  所 参加人数 要  約
11 2010/11/19 新宿(センチュリーサザンタワー 57 約1ぶりの「定期交流会」として開催しました。多数ご参加頂き、ありがとうございました。
10 2009/11/20 新宿(センチュリーサザンタワー 51 約1ぶりの「定期交流会」として開催しました。多数ご参加頂きました。ありがとうございました。また、来年も開催します。多数、ご参加下さい。
9 2008/11/14 新宿(センチュリーサザンタワー 46 約1ぶりの「定期交流会」として開催しました。多数ご参加頂きました。至らぬ点も多々ありましたがお許し下さい。来年も、欠席だった方も改めて是非、ご参加下さい。
8 2007/11/21 新宿(センチュリーサザンタワー 50 約2.5年ぶりの「久々交流会」として開催しました。多数ご参加頂きました。至らぬ点も多々ありましたが次回も懲りずにご参加頂けますとうれしいです。
7 2005/06/10 新宿(センチュリーサザンタワー 40 8ヶ月ぶりに「定期交流会」と題して開催しました。リラックスした雰囲気で楽しんでいただけたと思います。
6 2004/10/22 新宿(センチュリーサザンタワー 43 1年ぶりに「久々交流会」と題して開催しました。今回は場所も夜景絶景のサザンタワーになり新規メンバも増え楽しい交流会となりました。
5 2003/10/31 新宿(センチュリーハイアット東京 51 「どんちゃん騒ぎ交流会」と題して開催しました。新規ご参加の方もあり、楽しく過ごすことが出来ました。
4 2003/03/20 新宿(センチュリーハイアット東京 57 「ビジネスチャンス拡大交流会PARTU」と題して開催しました。年度決算期に当たりましたが、お忙しい中多数のご参加を頂きました。
3 2002/09/20 新宿(センチュリーハイアット東京 44 記念すべき、ホテル立食形式、第一弾。
「ビジネスチャンス拡大交流会」と題して開催しました。
浜田「半年に一回くらいのペースでやろうぜ。」
2 2002/02/15 新橋(まとい駒) 36 IBM社、富士通社、日立社、ISV各社で安くろばたでやりました。
浜田「岩佐よ、こんな狭きゃ、ゆっくり話も出来ねーよ。次はホテルで盛大にやろうぜ。」
1 2001/11/14 お台場(パドリーノ 10 IBM中心で同窓会をしました。
浜田「岩佐よ、次は富士通、日立、サードベンダも呼んでやろうぜ。」

 
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